ようこそ、自由と友愛の独立カトリック教会へ
—— 神の愛に生かされ、共に祈りを捧げる、開かれた信仰共同体
主イエス・キリストの平和と祝福が、あなたと、あなたの大切な方々に豊かにありますように。
このたびは、自由と友愛の独立カトリック教会(Independent Catholic Church of Liberty and Fellowship)のホームページをご訪問くださり、心より感謝申し上げます。
わたしたちの教会は、あらゆる人びとに開かれた、神の愛に根ざす信仰の共同体です。
キリストの福音と「自由と友愛」の精神に導かれながら、現代という時代をどう生きるか —— その問いに真摯に向き合い、祈りと実践を通して、信仰の歩みをともに深めています。
新着情報
- 聖木曜日 二〇二五年四月十七日 ▼ 説教——愛と奉仕の聖餐、謙遜なる洗足の神秘
- 聖木曜日 二〇二五年四月十七日 ▼ 大主教講話 「仕える愛の記憶と、裂かれる世界の中で」
- ▼ 牧者雑記 聖週間に問われるもの
- 復活前主日 二〇二五年四月十三日 ▼ 説教——沈黙する神、十字架に宿る声
- 復活前主日 二〇二五年四月十三日 ▼ 教会時論 ①再審制度の見直し――無辜の救済は国家の責務である ②森友文書公開――行政の隠蔽体質と民主主義の再生 ③コメ輸出拡大方針――食の安全保障と公平な経済の倫理 ④同性婚高裁判決――人権保障を拒む日本政治の限界 ⑤南海トラフ地震――命を守る備えと政治の優先順位
- ▼ 牧者雑記 大阪万博――それは「夢の祭典」ではなく、「欲望の祭典」だ
公同(カトリック)にして、アングリカン(聖公会)の伝統に立つ教会
私たちの教会は、英国国教会(Church of England)の流れをくむ、アングリカニズム(Anglicanism)の伝統に立脚した、アングリカン・コミュニオン(Anglican Communion)の制度的枠組みから独立して歩む、公同(カトリック)の教会です。
この伝統の根幹には、神の言葉である聖書を尊び、ニカイア信条(Nicene Creed)・使徒信条(Apostles’ Creed)・アタナシウス信条(Athanasian Creed)の三信条を信仰の基盤とし、使徒継承(Apostolic Succession)によって引き継がれる聖職制度を重んじる姿勢があります。礼拝は、公祈祷書(Book of Common Prayer)に則って丁寧に営まれ、信仰の深まりと共同体の祈りを支えています。
私たちはこの伝統を大切にしながら、特定の制度や所属に縛られない、開かれた信仰のかたちを追い求めています。
誠実で、包み込むような、神の愛に満ちた共同体であること —— それが、私たちの願いです。
すべての人びとに開かれた、神の愛に満ちた共同体
「隣人を自分のように愛しなさい。」
― マタイによる福音書22章39節
このイエス・キリストの言葉に導かれながら、私たちは、どなたであっても神の愛のうちに迎え入れる教会でありたいと願っています。
性別、年齢、国籍、性的指向、信仰歴の有無 —— そうした違いを超えて、すべての人びとが安心して身を置ける、神聖な交わりの場。
神と出会い、祈りを深め、癒やしを受け取る、そのような霊的共同体であること。
それが、私たちが大切にしている在り方です。
ここには「条件付きの歓迎」はありません。
神の愛はすでに、あなたのうちに注がれています。
その愛を共に喜び、分かち合い、育んでいくこと —— それが、私たちの祈りの旅路なのです。
礼拝と霊性 —— 祈りに生きる信仰の歩み
わたしたちの礼拝は、1662年版『Book of Common Prayer(公祈祷書)』に基づいています。アングリカンの典礼的な伝統を、今も丁寧に受け継ぎながら、その精神を大切に守り続けています。そこにあるのは、長い年月をかけて祈り継がれてきた言葉の重みと、神へ向かう真摯なまなざし。そうしたものが、今も礼拝の中に息づいています。
聖書朗読には、『聖書 新共同訳』を用いています(『聖書 聖書協会共同訳』が選ばれることもあります)。
そこで語られるみ言葉は、昔の預言者たちの声、そしてキリストご自身の語りかけとして、静かに、けれど確かに、今を生きる私たちの心に届けられています。
礼拝の流れは、聖書朗読と説教を通して神の語りかけに心を開き、信仰告白ととりなしの祈りをささげ、平和の挨拶を交わしてから、聖餐にあずかる恵みの時へと導かれていきます。それぞれの要素がひとつの祈りの流れとなって、わたしたちの霊の深みに働きかけ、神の臨在に静かに耳を澄ます時を与えてくれます。
わたしたちは、祈りを「務め」や「義務」としてではなく、神との出会いのひとときとして大切にしています。
そこには、心が整えられ、癒され、また新たな一歩へと踏み出す力が宿っています。
祈りが日常の中に根を下ろし、信仰が息づく人生となるように。
そのために、私たちの礼拝は、すべての人に開かれています。
使徒継承に支えられた奉仕のかたち
「人々は彼らの上に手を置いて祈り、任命した。」
― 使徒言行録6章6節
使徒継承とは、主イエス・キリストの使徒たちから、代々祈りと按手を通じて受け継がれてきた奉仕の系譜です。
この霊的な継承は、信仰共同体を導き、神の言葉に仕える務めを、責任とともに託されたものです。
私たちの教会は、主教(Bishop)・司祭(Priest)・執事(Deacon)という三職制を守り、それぞれの職務が祈りと奉仕をもって神の民に仕えることを大切にしています。
この継承は、単なる制度的な「正統性」を意味するものではありません。むしろそれは、福音に忠実に生きるために、神と人々の前において担う霊的責任のあらわれです。
聖職者は共同体の上に立つ者ではなく、そのただ中で、祈りを担い、ともに歩む存在です。
わたしたちは、教会に与えられたこの古くからのかたちを、今という時代にふさわしく、謙虚に、そして誠実に生きようと努めています。
現代への神学的応答
「神は御自分にかたどって人を創造された。男と女に創造された。」
― 創世記1章27節
この創造の恵みに立ち返るとき、わたしたちはすべての人が、かけがえのない尊厳と自由、そして平等のうちに創られた存在であることを思い起こします。
信仰は、ただ過去の真理を守るだけのものではなく、現代の課題に対して、誠実に応答していく責任をも担っています。
ジェンダーの多様性、気候変動による危機、経済的不均衡や社会的不正義 ——
こうした現実に目を背けることなく、わたしたちは聖書に根ざした信仰と倫理的思考をもって、神の創造を守る使命に取り組んでいます。
「神がお造りになったものは、すべて良いものである。」
― テモテへの手紙一4章4節
この言葉は、神のまなざしがいまも世界に注がれていること、そしてその世界をわたしたちが大切にするようにとの呼びかけでもあります。
創造された世界を守ること、隣人の尊厳を守ること、そして真理に誠実であること ——
それらすべてが、わたしたちの信仰の実践です。
信仰と理性 —— ふたつの光が照らし合うように
「愛には偽りがあってはなりません。悪を憎み、善から離れず、互いに愛情をもって愛し合いなさい。」
― ローマの信徒への手紙12章9–10節
わたしたちは、信仰と理性とが相反するものではなく、互いを照らし合う光のような存在であると考えています。
どちらも神から与えられた賜物であり、どちらか一方だけでは見えない真理に、両方を通して近づいていくことができると信じています。
祈りと学び、直感と思索、実践と黙想 ——
それらすべてが、信仰生活の豊かさを形づくる大切な要素です。
私たちの教会は、知的な誠実さと霊的な深さ、そのどちらも損なうことなく、共に育んでいく場でありたいと願っています。
神のまなざしのもとで、自由に問い、誠実に求め、深く信じていく。
そのような歩みを支える教会として、私たちは祈りをもって日々を重ねています。
あなたを温かくお迎えします
自由と友愛の独立カトリック教会は、すべての人に開かれた、祈りと赦し、そして希望に満ちた信仰の共同体です。
ここでは、誰もが自分自身の声で祈り、自分の歩みのリズムで神に近づいていくことが大切にされます。
大きな声を出さなくてもいい。すぐに何かがわからなくてもかまいません。
あなたの「いま」の姿を、そのまま神の前に差し出していただけたら、それだけで十分です。
信仰には、それぞれのペースがあります。
だからこそ、私たちはいつでも、どんな時でも、変わらぬ思いであなたをお迎えしたいと願っています。
どうぞ、ご自身の心にそっと耳を澄ませながら、必要な時に、必要なかたちで、この共同体を訪れてみてください。
あなたの存在が、この教会の祈りをさらに豊かなものにしてくれると、私たちは信じています。
日本聖公会との関係について
自由と友愛の独立カトリック教会(Independent Catholic Church of Liberty and Fellowship)は、アングリカン(聖公会)の神学と礼拝の伝統に忠実に立脚する、独立した信仰共同体です。
制度上は、日本聖公会(Nippon Sei Ko Kai)とは異なる教会構造に属していますが、共にアングリカンの霊的遺産を受け継ぐ者として、深い親近性を感じています。
特に、三信条に基づく信仰、アングリカンの典礼、そして神の国の実現を祈り求める姿勢において、わたしたちは同じ流れの中にあると信じています。
教会のかたちは異なっていても、同じキリストのからだを構成する仲間として、互いに尊敬と祈りをもって関わってゆけることを、心から願っています。